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「当たり前を与えられるだけじゃ物足りない。新しいことを一番最初に生み出したい。」センクシャの本音と野望|二宮大地

エンタメ業界にアップデートを仕掛けるセンクシャの、メンバーの素顔に迫るインタビュー連載「センクシャの本音と野望」。

今回は営業/空間プロデューサーの二宮大地。

現在のセンクシャで最も若手の25歳でありながら、業界経験は約10年という異例のキャリアを持つ。

イベント会社のレントオール広島で経験を積み、2023年4月末に上京。大きく環境が変わった中でも、即戦力として怒涛の2ヶ月を過ごしてきた二宮が今見ているセンクシャ、そして自身の未来とは……その本心に迫る。

▼目次

・自分が15年後にどうなっているか。「将来こうなる」という意志が強い人が集まったチーム。
・これからは叩き上げの時代じゃない。近道を示せるサポートが必要。
・営業出身の役員3人のいいところを取って、超えていきたい。

自分が15年後にどうなっているか。「将来こうなる」という意志が強い人が集まったチーム。

―― キャリアを教えてください。

16歳でイベントのアルバイトをはじめて、10年になります。

最初は現場の仕事をしていたんですけど、数字やお金のことを考えるのが好きだったし、営業の方がいいのかなと思ったんです。そこから、営業として働いていました。

ポジションは営業ですが、図面を描いたり、デザインをしなければいけないシーンもありました。なので、自分でIllustratorを入れて勉強したりして、どんどんできることが増えていった感じですね。

会社が家から近いからという理由ではじめたんですが、やっていくうちに、だんだんイベントに携わるのが楽しくなって。

―― イベントに携わるのが楽しくなったキッカケはありましたか?

営業としては3年目くらいのタイミングでした。1年目からずっと飛び込み営業をしていて、3年目で大きい案件が取れたんですよ。

新規案件は会社にプラスになる。自分の価値が出せたと感じました。

誰かから案件を引き継ぐことも重要ですけど、僕の中でそれは当たり前を与えられた感覚なんです。新しい案件を取るには、相当な実力と価値、自信が必要。実は、新しく取りに行く人ってあんまりいないんですよね。そこが営業で一番やりがいがあるところです。

ーー センクシャにはどういう経緯で入社したんですか?

昨年末に、まず東京に出ようと決めたんです。

広島でこのままやっていても、ある程度いいところまでは行くと思ってはいました。でも、そこで満足せずに東京に行ってみたかった。東京はどれだけ量をこなしているのか、どれだけのスピードでやっているのか、色々知りたいことがあったんです。

そのタイミングで、元々よく飲みに連れて行ってもらっていた下平さんと会う機会がありました。「僕、東京行くんですよ」みたいな話をしたら、「じゃあセンクシャに面接こいよ」と。そこからトントン拍子で話が進んでいきました。

いくつか東京の会社から声を掛けてもらってはいました。前職と似たリース系だったり、同じ業界でも全く違う、運営・製作の会社だったり。どの会社でも自分の経験は活かせるだろうとは思いましたけど、センクシャで小松﨑さんと瓜田さん、下平さんの話を聞いて、こっちのほうがキャリアアップや自分のやりたいことに近づけるかなと。

シミズオクトにいた小松﨑さんの知識、日本ステージにいた瓜田さんの知識、西尾レントオールにいた下平さんの知識。僕の知っていることを出しつつも、知らない知識をたくさん拾っていける環境は結構いいなって思ったんです。

3人との面談の中で、自分の未来をどう考えているか、1年後は?2年後は?3年後、5年後、10年後、15年後…ってどんどん聞かれていったのが印象的でした。僕は15年後で行き詰まったんですよね。

10年後は35歳。35歳までにはある程度知識があって、周りにも名前が売れている状態でいたい。いずれは自分で事業をやることも考えたりはしていたので。でも、15年後は全く考えていなかった。

今だけでなく、未来の自分自身をわかっておかなければいけない、「将来こうなる」という意志が強い人が集まっているんだなと思いました。

これからは叩き上げの時代じゃない。近道を示せるサポートが必要。

―― 今までいろんなイベント業界での仕事を経験してきたと思いますが、センクシャに入ってからの変化は感じていますか?

イベントも面白かったんですけど、今は新しくライブエンターテイメント事業に携わっているのが、自分の経験として、キャリアアップの第一歩だと感じています。

入社したばかりの5月頃は、やはり今までと勝手が違うところもあって、結構苦戦しました。コンサートならではの部材も色々あって、最初は分からないことも多かったです。営業は分かっていないと提案できないし、応えられない。信頼にも直結します。

でも、だんだんやっていくうちに分かってきました。実は物自体はあまり変わらなくて、どうやってやるかだけが自由だなと。東京に来て間もないし、会場の特徴を覚えていけば、もっと強いのかなと思います。

――これからいろんな人が入ってきたときに、どうやって仲間として一緒にやっていきたいですか?

僕より若い人たちは、ギャーギャー怒られるのは嫌だと思うんですよね。まず怒られている理由もわからないっていう人もいると思うんですよ。だから、自分が気付けるようになってそれをサポートしたい。

「こうやったから怒られているんだよ」っていうのが分かれば納得できるかもしれない。ライオンみたいに子供を蹴落として遠回りしてでも這い上がって、じゃなくて、近道を示したいです。

「道はいっぱいあるけど、この道のほうが近いよ」っていうやり方で教えていきたい。

辞めていく人もたくさん見てきました。業界全体がまだまだ叩き上げが主流みたいな感じですけど、自分の体験も踏まえて、僕はそれがいいとは思っていない。

今までのやり方だと、上手く教えている人の方に固まってチームができちゃうんです。僕の現場は成立するけど、他の人の現場が成立しない、なんてことも起こり得る。叩き上げの方がいいと感じる人もいるかもしれませんけど、やっぱりそうじゃないよなって思います。

いまのチームには、引っ張っていくタイプの人がもっといてもいいのかな。

小松崎さんや下平さんが会社として求めていくものを示していますけど、さらにいろんな点になる人がいれば、みんなを結びつける線になる気がします。その線になる過程が大事だと思っていて。

周りの人の長所を見抜いて、みんなが楽しく働ける状態を作っていける人が、先頭に立つ点になる。自分がそういう人になれれば一番いいですね。

営業出身の役員3人のいいところを取って、超えていきたい。

ーー センクシャでやりたいことはなんですか?

アリーナ規模のコンサートと外回りをまとめて受注したいんです。

ステージも作る、会場まわりの飲食や物販も担当する。センクシャだけでできるじゃないですか。その規模をまとめているってなったらインパクトがあるし、大きな価値になる。さらに色々なフェスにも出ていったら、面白くなるんじゃないかなと。

今はまだ人数が少ないですけど、だんだん増えていって、事業を拡大することになったときに、部材もある、デザイナーもいる、製作もいる、運営もいるとなったら強い。さらに強度の高い一気通貫にもつながります。

コンサートイベントを1からセンクシャのチームだけで作れるようになれば、ブランドとして確立できる。

大変だとは思いますけど、他の会社はやってないと思うんですよね。

―― これからの自分の像をどう描いていますか?

まず1年は勉強させてもらって、2年目は自分で取った仕事を増やしたい。3年目にはある程度僕の「二宮ブランド」みたいなものを確立させたい。部下がいてもおかしくないと思います。

5年後は、例えばセンクシャを大阪に出します、となったときに、責任者として僕が行ければいいなと思います。

小松﨑さん、瓜田さん、下平さんのいいところを取って、超えていきたい。日本一、世界一の誇れるチームを自分でつくりたいんです。

全く別の素質を持ちながらも、話したことに対して食らいつくというか、一緒の方向を見てくれる人じゃないと多分無理だと思うんですよ。イメージや思いを共有してくれる人たちと一緒に仕事がしたい。

今、センクシャにはキャラクターがまったく別々の人間が集まっている。でも思っていることはほぼ一緒で、これもやりたかったよね、みたいな話がすぐ通じているんですよね。

一人だと、売上も時間も体力も全部限界があります。それが、何人か掛け合わせれば何倍にもなる。信頼できる人がいてこその成長。

人との関わりをひとつひとつ大事にして、自分が持つ今の環境を常に更新していく、諦めない強い意志が必要だと思います。

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