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【社員コラム】盆の酒盛り

おれもこんな文才欲しかったなあ。話題の伊藤亜和や村井理子のエッセイに触れてしまうと、自分のセンスの無さにうんざりする。この無力感はここ半年コツコツと出版準備を進めている児童書の推敲を何度も繰り返して行くうちに芽生えてきたものだ。言葉は世界の捉え方で、文章は切り取り方。だったら素直に書けば良いじゃないって、言うは易しと西川きよし、怒るでしかし! 平成生まれには伝わらないシャレも決まったところで、早起きしてしまった手前、書き始めるしかない。夏休み中とはいえ、われら子育て世代にとって子らが目覚めるまでのこのわずかな静寂はとても貴重なのだ。

8月11日(金・祝)

中目黒駅の改札で待ち合わせようと提案したにも関わらず、約束を30分遅らせて欲しいと再度連絡を入れてしまった手前、半年ぶりの会話は謝罪から。今年、中学3年生になった彼女ははるちゃん、シャキーン!最後のMC(黄色い方)。会うたびに身長を訊ねるのがお決まりなんだけど、見下ろしていたはずの彼女は、いつの間にか肩を並べるほどに成長していた。いまにも弾けてしまうような若さがとてもまぶしい。年々ぽってりしていくぼくの腹部をからかうように撫で回す遠慮のなさは相変わらず。

老いを意識させてくれてありがとう。

7歳になる娘はいるが、この年代の女の子とふたりきりで出かける機会ってそうそう無いので、変な緊張。目が合うたびになんだか照れくさかったけど、会わなかった時間を埋めるように互いの近況を報告していると地下鉄は20分ほどで日比谷駅に着いた。

地上に出るとヒリヒリするくらいの西日、ほんと都心って暑くて嫌い。文句ばかり言うぼくに、はるちゃんがハンディファンを貸してくれた。「ボタンを押す回数で風量が変わって、アロマもだせるよ」って、マジ? ハイテクやん! でもどうせ「お気持ち程度でしょ?」と嫌味なぼくの顔に当たる結構な風、助かる。はるちゃんは秋にNYの国連本部にスピーチに行くと言う。ハンディファンのお返しに「NYは青森くらいの気温やで」と、風量ゼロのアドバイス。

日比谷公園は覆い茂る木々のおかげで日陰が涼しい。これを伐採するなんて正気とは思えへんな。都市の日陰を自然遺産にしろってんだ。

遅刻してきた割に時間があったので、松本楼でお茶することにした。「何でも好きなもん頼んでええで」と、大人マウントで格好つけたのち、はるちゃんは洒落たかき氷、ぼくは「お母さんには絶対内緒やで」と念を押し、ビールを頼んだ。店内には揃いのTシャツを着た客がちらほら。

友人の話、恋の話、学校に家族の話。いかにもローティーンな話題の中に時折、変わらない彼女らしさが垣間見える。はるちゃんはいつも決まって周りの人たちの話をするね。気づいてるかな? 観察力に長け 、相手の言動や心境をきちんと脈絡づけて話せる。そうすることでうだうだ自分語りするよりも、状況や関係性が分かりやすいよね。出会った頃から変わらない、彼女の才能のひとつ。きっとスピーチコンテストの結果もこれのおかげ。

2本目のビールも飲み干し、わずかに残っていたかき氷も溶けてなくなっていた。

店を出ると、広場にはキッチンカーが軒を連ね、たくさんの人で賑わっている。小腹が空いたので、屋台でホットドッグを買うついでに3本目のビール。ベンチに並んで腰掛け、行き交う人々を眺めながら二人で頬張った。ぼくのチーズ&ハラペーニョトッピングはお世辞にもおいしいとは言えなかったけど、この店にしようと言ってしまった手前、黙ってビールで流し込んだ。きっとはるちゃんのチリドッグも似たようなものだったに違いない。「NYではもっとおいしいホットドッグ食べられるよ」と、シャツに落としたケチャップを拭いながら再び風量ゼロのアドバイス。

そろそろ行こうかと人波に乗り目的地に向かった。「日焼けしてるから酔っ払って顔が赤いのバレへんと思うねんけど、どう?」と聞くと、「絶対バレる」。

日比谷野音。

受付でお世話になっているレーベルスタッフにご招待のお礼を伝え、席についた。シラフを装うがあまり、ぎこちない挨拶をしてしまったので、たぶんバレてた。

蝉がそこかしこで鳴いている。夕暮れ前の野音はビルから照り返す西日と観客の熱気でサウナのよう。時折風が吹き抜けると少しだけ夏の終わりの匂いがした。

んぬぁ、でもやっぱ暑い。もう1本だけ飲んでもいい?とはるちゃんと密約を交わし売店の行列に並ぶ。「これで最後かもなぁ」と満席の会場を見渡し、もの思いにふける。Zepp Tokyo、STUDIO COASTに続き、通い慣れた場所がなくなる寂しさったらないよね、野音は改修だけど。小銭と引き換えに手渡された氷結レモンがキンキンに冷たい。

これから始まるのは、ハンバート ハンバート結成25周年記念公演。

ご存知の方もいると思うけどおさらい。「ハンバート ハンバート(※以下ハンバート)」は、佐藤良成さんと佐野遊穂さんの夫婦デュオ。3人の子どもを育てるパパ&ママでもある。もともと愛聴していたこともあり、2011年にシャキーン!ミュージック『ホンマツテントウ虫』で楽曲制作をお願いしてから、『サイコロソングス』、そしてはるちゃんの歌う『はるかなる世界』と番組の月歌をたくさん一緒に作ってきた。(※文末にSpotifyのリンク貼っとくね)

野音でのハンバートはたぶん5年振り? 前回は『ホンマツテントウ虫』を作ってもらった先々代MCのあゆちゃんと観に来たはず。その後、良成さんの出身校に進学し直系の後輩となったたあゆちゃんは、男女デュオを結成し文化祭でハンバートのヒット曲『おなじ話』を見事にカバーした。受け継がれるフォークの遺伝子! とにかくハンバートは長きに渡り、番組内外の子どもたちに寄り添い、共に歩んでくれた素晴らしいアーティストなのである。

そんな彼らの数ある名曲の中で、聴くと必ず泣いてしまう曲がある。

『おべんとう』だ。

簡単に紹介すると、バスで遠足に出かける我が子のため、はりきって早朝からお弁当をこしらえる母と、それを食べる子の歌。聴いていくうちに、他の子らは連れ立ってハンバーガーを食べに出てしまい、子は独りバスに残りお弁当を食べている、ということが分かってくる。

そこから繰り返し歌われる「さめても おいしい」というサビ。

母子、どちらの言葉にも聴こえてくる。どうして独りで食べることになったの?子の置かれた状況とさめたお弁当を噛みしめる気持ちを想像すると、まるで自分が経験したかのように胸が締め付けられとても切ない。そして浮かぶのは「楽しんでおいで」と送り出したであろう母の顔。共働き家庭の鍵っ子として育ったぼくは、ついつい亡くなった母の眼差しを重ねてしまい、聴くたびに泣けてくるのである。

そんな『おべんとう』の演奏がライブ3曲目で始まってしまった。さっきまでノリノリだったのに、これはいけない。案の定、イントロのピアノを聴いただけで目頭が熱くなる、さすが生演奏。ボーカルが入ると同時に、事前摂取していたアルコール成分により何倍にも増幅された感受性が大爆発、からのダム崩壊。急いで麦わらのツバを下げる。はるちゃんには「バレてない」、はず。

年をとるにつれ涙もろくなった原因って?

年を取ると涙もろくなるのは、感情移入しやすくなったのでも、感受性が豊かになったのでもない。大脳の中枢の機能低下が真の理由だ。「背外側前頭前野」と呼ばれる部位が脳全体の司令塔となり、記憶や学習、行動や感情を制御している。涙もろくなったのは、この部位が担っている感情の抑制機能が低下したからだ。引用:「東北大学スマート・エイジング・カレッジ」

これも老いのせいやないかい!今日だけで何べん自覚させてくれてんねんホンマ。

そうして、老いてしまったらしいぼくと、若さ弾けるはるちゃんは結成25周年記念公演を最後まで堪能させてもらい、良成さんと遊穂さんにお祝いとお礼を伝え、帰路についた。

「奈良公園のシカは原種なんだよ」

駅に向かう途中、はるちゃんがボソッと言った。なぁ脈略って知ってる? きみの得意なやつ。もしかしてその話題でライブ後の高揚感を落ち着かせようとしてくれたん? 無理やで奈良のシカごときには! 他愛のない会話で盛り上がっていると電車はいつしか、はるちゃんの最寄り駅に到着していた。降りる寸前に固い握手を交わしドアが閉まる。見えなくなるまで何度も振り返り笑顔を送ってくれた。

「またね」

一息つき、ほんの数枚二人で撮った写真を見直す。せっかく変顔してたのに全部真っ暗だよ、はるちゃん。独りになったことで緊張も解け、ぼくはどっぷり余韻に浸っていた。ハンバートの歌には日々の暮らしをテーマにしたものが多く、聴くたび大切な人たちがまぶたに浮ぶ。こんな日は寄り道せずに子らの寝顔でも見ながら寝よう。

ってちょっと待て! まさかこの肩までどっぷり浸かってる余韻も、『おべんとう』での感傷もすべて、老化が原因ってことない? 元来素直じゃないぼくは、やけに素直過ぎる脳みそが心配になり、慌てて大船駅で途中下車、馴染みの居酒屋に連れ込んだ。終電まではあと1時間、対話するには十分。なみなみと注がれた冷酒と、輪ゴムに似た付き出し、店自慢の三崎港直送マグロの刺し盛りが並び、準備は整った。

開口一番、ぼくはある提案を持ちかけた。

「あんな、よう聞け脳みそよ。ハンバートやはるちゃんのおかげでせっかく浸れた余韻に感傷や。おれも曲がりなりにも43年生きてきて、今日の感動が全部老化から来てるとはどうしても思われへんねん。でもなあ、なんやお前の加齢による機能低下? その影響が多少はあるかもしれんってことはもう受け入れたるさかい、どや? せっかくの素晴らしい一日の終わりに、今ある幸せへの感謝と、会えなくなってしもた大切な人たちを想って、ちょっと早いけど盆の酒盛りとしよや」

「うっす!」

「よっしゃ、ほな乾杯」

ここで暗転、エンドロール。曲はお盆にぴったりハンバート ハンバートで『大宴会』。

以下、文中で紹介した楽曲たち。聴いてみてね。

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